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薄れゆく記憶①
その①
小学校の低学年(2年か3年)の頃だと思うが、その頃ボクは友達だったTちゃんと毎日のように金光教に通っていた。ボクもTちゃんも金光教の信徒ではなかったが近所にあった。なぜ通いはじめたのか記憶にない。Tちゃん家のとなりのとなりにあったのでTちゃんは、そこの人と顔見知りだったのかもしれない。

なぜ僕たちは毎日金光教通って、お経を唱えていたのか?…お経が終わるとお菓子が貰えるからだった。

最初は二人で極秘に通っていたが、お経が終わるとお菓子が貰えるという極秘情報が少しずつ漏れて、最大でクラスの子8人ぐらいでお経を唱えにいった事があった。

近所の金光教は民家の二階に大きな祭壇があって、お供えものがいっぱいあったが、ボクたちが金光教の信徒の人と会った事一度もなかったように記憶している。祭壇の間から見える景色はなぜか懐かしい感じのする景色だった。

小学4年生になると、ソフトボールやそろばんをはじめて金光教から足が遠退いた。
やさしいおばあさんであった印象があるが…近所にあるにも関わらず…その後その人に会った記憶がなく顔も覚えていない。

その②
近所にミドリさんというおばさんがいて、なぜかよくサンドイッチを作って持ってきてくれていた。その人は5年ぐらい前に死んだのだが、最近その人の事を思い出してちょっと考えていたら…どうも顔がロシア人なのだ。目も青かったし。近所にいたんで気がつかなかったけど、よくよく考えるとその家族みんなロシア人の顔だった。たぶん先祖には西洋人の血が入っていると思うのだが…もしかするとミドリという名は目の色の事を差していたんじゃないかと思った。
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2013-12-10 01:22 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
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