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昨日の夢
宅配便のバイトをしている。
仕事(アルバイト)の進み具合が悪く、準備を終える(住所の確認)と午後六時になっていた。
会社を出発したのが午後六時だから、終わるのはどんなに早くても十一時は越えてしまう。

配達していると、先輩がやってきた。同じ会社の人が拳銃で射殺されたとの事。
恨みとかなんかのトラブルが原因だと思ったが、臨時情報だったので先輩も理由は知らなかった。

少し配達を続けていると、男が一人と警察官が一人、拳銃を持った女と言い合いになっている。
女は例の射殺犯のようだ。
いつでもタイホできそうな距離と雰囲気であったが、警官はタイミングを逃したようで、女が発砲。
男と警察官がこちらに逃げてくる。

女はこっちの方に発砲。その後3発を私めがけて撃って来た。
警官は遠くに逃げて応援を呼んでいる。
拳銃は6発撃っているはずで、もう弾がないはずと思ったが、詳しく知らないので、とりあえず手を上げて女の人質になった。女は隙だらけでいつでも逃げられそうだし、私が社会底辺者でアルバイトで生計を立てている事を告げると、それ以上こちらに拳銃が向けられる事はなくなった。

私は私でこれでアルバイトのノルマをこなせなくても、文句は言われないだろうと思った。


空き地で人質になっていると、そこら辺で、ムチを持って草刈をしていた老人が不良青年にムチをとられた。
そのムチは自由に伸縮して、一度たたくと叩いた周辺の草が根こそぎ刈れる優れもの。
いかにも不良青年の心を揺さぶるものだった。

不良青年はムチを振り回しながらこっちにやってきた。僕が逃げると怒って追っかけて来た。
射殺犯の女はどこにもいない。どこかに隠れたのだろうか?
もしかすると途中で射殺犯の女がムチを持った男に入れ替わったのかもしれない。

ムチを持った男はどうしても人を試し撃ちしたいようで必死に追っかけてくる。
私も死ぬのがイヤなので必死で逃げた。

男は仲間を携帯で呼んでいるようだった。
音戸大橋の架橋下の方まで逃げていると、二人の男がライフル銃を構えているのがチラっと見えた。
男の仲間のようだ。
僕は知らないフリをした。

地下道に入る瞬間、足が止まるのでそこを狙っているような感じがしたので、
草むらの方に回ってそこから地下道に飛び降りた。飛び降りた瞬間銃声が聞こえた。

どうにかよけたようだ。

出口まで50メートルぐらいしかなく待ち伏せされたら、おしまいだと思いながら走っている。

(夢続無)

◎目が醒めてから、女の持っていた拳銃の装弾数を確認すると7発でした。
オートマグ
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2013-12-25 00:32 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
佐藤義昭作品集①②
まとめて読みたい。手元に置いておきたい。…という日頃の欲求を満たすべく、佐藤義昭作品集を自作する事にした。コピーを製本して。佐藤義昭の漫画は作品は結構ガロに掲載されているが単行本になっていない。て全部で25作掲載されていた。総頁数342p。これだと厚いので、上下巻で作る事にするつもりだ。2巻ともこの世に一冊しかない作品集になる予定。販売品ではありません。この世に一冊しかない単行本を作るのも悪くない。自分が漫画を描くときも参考にしやすいし。


佐藤義昭作品集①「旧友」

掲載作品
1974.5 各駅停車で16p
1974.6 X月X日のセットオフ 18p
1974.8 春と乙女 16p
1974.4 じごうじとく 14p
1985.1 薬屋の娘 11p
1973.4 旧友★ 12p
1974.1 一人芝居 21p  
1977.6 LADY 10p
1990.11 自転車ドライブ 14p
1990.12 僕たちだけがいつまでも人間のまま 14p
1991.1 奥さんの見た夢 6p
1994.9 山崎君の視た犬 15p
1977.11 家庭 4p
作品年表 1p
奥付 1p

計176p


佐藤義昭作品集②「村八分」
掲載作品
1973.7 村八分 16p
1973.11 最も信用ないゲーム 20p
1974.3 カスト 22p
1975.7 結婚式1 16p
1975.8 結婚式2 18p
1977.8 チョコレート 5p
1979.4 煙草の面影 8p
1977.10 思い出 6p
1989.5 クレンザー 19p
1991.5 涙のミサヲ 14p
1990.9 マークのついた子供達 25p
1977.9 パーマネントウェイヴ 2p
奥付 1p

計176p
2013-12-18 21:14 | 未分類 | Comment(2) | Trackback(0)
薄れゆく記憶①
その①
小学校の低学年(2年か3年)の頃だと思うが、その頃ボクは友達だったTちゃんと毎日のように金光教に通っていた。ボクもTちゃんも金光教の信徒ではなかったが近所にあった。なぜ通いはじめたのか記憶にない。Tちゃん家のとなりのとなりにあったのでTちゃんは、そこの人と顔見知りだったのかもしれない。

なぜ僕たちは毎日金光教通って、お経を唱えていたのか?…お経が終わるとお菓子が貰えるからだった。

最初は二人で極秘に通っていたが、お経が終わるとお菓子が貰えるという極秘情報が少しずつ漏れて、最大でクラスの子8人ぐらいでお経を唱えにいった事があった。

近所の金光教は民家の二階に大きな祭壇があって、お供えものがいっぱいあったが、ボクたちが金光教の信徒の人と会った事一度もなかったように記憶している。祭壇の間から見える景色はなぜか懐かしい感じのする景色だった。

小学4年生になると、ソフトボールやそろばんをはじめて金光教から足が遠退いた。
やさしいおばあさんであった印象があるが…近所にあるにも関わらず…その後その人に会った記憶がなく顔も覚えていない。

その②
近所にミドリさんというおばさんがいて、なぜかよくサンドイッチを作って持ってきてくれていた。その人は5年ぐらい前に死んだのだが、最近その人の事を思い出してちょっと考えていたら…どうも顔がロシア人なのだ。目も青かったし。近所にいたんで気がつかなかったけど、よくよく考えるとその家族みんなロシア人の顔だった。たぶん先祖には西洋人の血が入っていると思うのだが…もしかするとミドリという名は目の色の事を差していたんじゃないかと思った。
2013-12-10 01:22 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
昨日の夢
友人に長谷川民也という運転手がいる。毎日14時間程、トラックを運転していて趣味などはない。それもあって一度一緒にガンプラを買った。長谷川は雑であったが30分ぐらいで作り終えた。「はじめて何かをはじめる場合、大事なのは考える事ではなく、さっさと終わらせる事の方だ」と彼は言った。

僕がまだ配達員だった頃、長谷川とレースをした事があった。50ccバイクで軽自動車を牽引しながら走るレースで、平和公園からスタートして、黄金山あたりまでの国道2号線がコースだった。ヘタにハンドルを切ると牽引用の車がぶれるので、僕はひたすら低速車線を走り、負けず嫌いの長谷川は車線変更を繰り返してリードを拡げようとした。しかし長谷川の走りは傍迷惑で、他の車両と口論になってレースはリタイアとなった。

次の年の同じ時期、長谷川はレースの再戦を申し込んできた。僕は配達の途中であったが、長谷川がせっかく牽引用の車を準備しているので断りきれず、渋々再戦を承諾した。

去年と同様、僕は低速車線を走り、長谷川は車線変更を繰り返してリードを拡げる作戦にでた。長谷川はまた他の車両と口論となった。その間に僕は長谷川を大きく引き離した。去年と似た展開になった。余裕もでたし、喉が渇いてきたのでジュースを買って飲んだ。そこで流れが変わってしまう。ジュースを飲みほすと僕は自分の向かう方向がわからなくなっていて、いつのまにか高速道路を逆走していた。

「車がぶつかったら、弁償せんといけん」と僕は思った。
とりあえずバイクを置いて車だけ2号線に戻す事にしたが、2号線に戻ると車のサイドブレーキが利かない。そうこうするうちに長谷川に追い越された。その時、長谷川は偶然僕の目の前に携帯電話を落とした。長谷川が「小さな失態がその一日の運勢を左右する」と言っていたのを思い出す。

その後、高速道路からバイクを持ち戻ると、今度はバイクが全く動かない。故障だ。こういう場合どこに連絡するのか全くわからない。長谷川の携帯電話は、僕が拾ってるので連絡できない。グーグルで検索する限り近くにガソスタもありそうにない。そういえば仕事も途中だった。

長谷川を待つしかない。
気が遠くなるとは、こういうのだと思った。
2013-12-07 01:42 | 未分類 | Comment(0) | Trackback(0)
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